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これまでの卒業生数66000人以上。鹿児島市総人口の約10分の1に相当する多くの卒業生達は、現在も色とりどりの輝く春を過ごしています。

鹿高に入学してすぐ、先生から「東大を目指してみないか?」と言われ、当時の英数科は部活動が禁止されていたこともあり、3年間猛勉強の日々でした。その頑張りもあって、3年間を通して成績が1番で、2年次にはセンター試験の英語が自己採点で満点を獲得。大学受験は東京大学(理Ⅱ)や慶應大学(理工)に合格しましたが、色々な事を考慮して防衛医科大学に進学しました。人生において勉強する期間は大事なので、高校ではひたすら勉強することをオススメします。鹿高は、目標達成のために学校内外でサポートしていただけるので、目標を見失わず必ず達成するんだという気持ちを持って頑張ってください。

高いレベルで部活動と勉強を両立させたいという思いで鹿高に進学しました。いざ入学してみると、文武両道は思った以上に厳しく、成績も伸び悩む状況でした。時間を見つけて自習をしていると、先生が声を掛けてくださり、手厚いサポートをしていただけたので卒業時には志望校に合格することができました。鹿高で学んだ「粘りは実りに変わる」ということを実感できたことで、競争率が数百倍といわれるアナウンサー試験にも諦めずに挑み、夢を叶えることができました。鹿高での3年間は、私の人生において掛け替えのない宝物になったと心から思っています。

薩摩川内市の実家から、電車で片道約1時間30分かけて通学していた私は、朝6時に家を出て、帰りは21時を過ぎるハードな毎日でした。しかし、それ以上に大好きな学校に通学できる喜びの方が大きかったです。鹿高には、色んな地方からたくさんの生徒が集まるので多くの友達に囲まれ、熱く優しい先生方に指導していただけて成長できる環境があります。部活動では、陸上競技を通して継続することの大切さを学び、現在も県下一周駅伝に出場しています。また、鹿高の校訓である「克己・謙虚・礼節」を軸とした学びで、役場の職員として様々な方と接することが多い私の社会で生きる自信になりました。

限られた高校生活を確実な将来に繋げるために、朝補習など積極的に取り組み、自己研鑽に励みました。鹿高は、学習をサポートするプログラムが充実しています。また、先生方も熱心に1人1人と向き合い指導してくださるので、限られた時間を有意義に使うことができ、効率よく学ぶことができます。目標に向かって努力を重ね続ける日々を送れたのも、先生方のサポートがあったからこそ。卒業した今でも、友達と鹿高を訪れ、お世話になった先生方に近況報告をしています。高校時代に出逢った人とは一生の付き合いになると聞きましたが、今それを実感しています。

高校を卒業したら、すぐに社会に出て仕事をしたいと思い、資格と就職のどちらも手に出来る鹿高に入学を決めました。入学して初めの頃、商業の授業は慣れず苦手でしたが、困っているとすぐに先生が声を掛けてきてくれて、安心したことを覚えています。また、授業の前に何をするのか教えてくれてスムーズに授業に入れるようになりました。3年次の夏休みから、面接練習などの就職試験対策でも徹底的に指導していただき、私のために調べ物までしていただきました。こんなに手厚く支えていただいたおかげで、今は夢だった仕事にも就くことができ、先生方に感謝するばかりです。

鹿高は鹿児島県内でも、有数のマンモス校だけあって社会で活躍する卒業生がたくさんいます。今、大分のJR九州で働いていますが、ここでも鹿高の卒業生に出逢いました。鹿高を知る先輩が、色々な経験を教えてくれて仕事もプライベートも充実しています。また、挨拶や礼儀作法を大切にする鹿高で育ったので、社会に出ても自然と挨拶ができ、人間関係を築く第一歩がしっかりできています。鹿高は、資格やビジネスについての勉強だけでなく、人間力もきちんと育ててくれる学校です。鹿高で過ごす1日1日を大切にして、目標に向かって頑張ってください。

私にとっての鹿高は青春そのものでした。モデルをやっている子や、タレント活動をやっている子など、とにかく強烈な個性が集まっていて、毎日がイベント!私も小2から続けてきたバレエを生業にすることを決めていて、鹿高の先生方も応援してくれていましたね。しかし、バレエと学業の両立が辛くなり「バレエやめようかな」と先生に泣きついたことも。そんな時、先生は吹っ切れるまで泣かせてくれて、夢を追いかけるよう励ましてくれました。それからは迷うことなくバレリーナを目指し、現在はロシア国立ノボシビルスクバレエ学校の2年生。今後、ロシアの国立バレエ団に入団することが決まっています。私が世界で活躍するバレリーナになった時、最初の公演は鹿高の先生方を招待するつもり。楽しみに待ってて下さいね、先生!

私は鹿高を卒業後、鹿児島大学に入学し、福岡の建設会社に3年務めた後、実家の看板会社を継ぎました。社長に就任したのは2年前で、社長に就任して様々な経営者と関わる機会が増え、鹿高の卒業生ということでとても可愛がってもらっています。実は、鹿高の卒業生には有名企業の社長など、ビジネス界で活躍している方が多いのです。同級生にも経営者として頑張っている友達が多くいるのですが、お互いに刺激し合いながら、切磋琢磨しながら、成長を重ねています。これからの夢は会社を「日本一の看板屋」に成長させること。「意志あれば道あり」。何が何でもやり遂げるという明確な目標と強い鹿高魂で必ず実現します。

現在、獣医師としてペットクリニック&サロンを経営する私ですが、実は、この仕事に出逢えたのは鹿高のおかげなのです。高校3年の進路指導の面談で担任の先生に「動物に関わる仕事ができたらいいな」と伝えたところ、動物に関わる様々な仕事の情報を入手し、提供してくれ、その膨大な中から私の性格や仕事の将来性などを総合的に見て「獣医師とかどうだ?」と勧めてくれたのがきっかけでした。それから私の夢が固まると、今度は獣医師になるための大学を探してきてくれたり、大学生の生の声を聞くためにランチの場をセッティングしてくれたりと、まさに二人三脚の進路指導をして下さいました。おかげで私は大学にも推薦で入学でき、獣医師の夢を実現し、開業もでき、現在は念願の新医院も開設できました。竣工したばかりの新医院では、クリニックとしてはもちろんですが、動物と飼い主様が喜ぶサロンとしても機能できるようドッグランや酸素カプセルなども整備しました。今度はこの場所で、高校時代に先生に見つけてもらったこの夢をさらに昇華させていきたいですね。

高校時代、ダイエットで体を壊したことがキッカケで栄養教諭を目指すように。無理な食生活をしていて担任の先生にとても怒られたこと、食事がいかに大切か話してくれたことが、今の職業につながっています。現在は栄養教諭の資格も取得し、食について指導する立場になりました。子ども達の「美味しい!」の言葉と笑顔を見るのが楽しみな毎日です。

鹿高の思い出は、毎朝1時間かかった自転車通学や、夜遅くまでの受験指導。とても大変な日々でしたが、その頑張りが現在の仕事で活きています。レギュラー番組で母校を紹介した時はとても感慨深かったです。昨年はAMU広場で高校生が集合するイベントを開催。今後も学生を紹介する番組を作って、鹿高を沢山の人に知ってもらいたいですね。

鹿高で印象に残っているのは、先輩たちが残した試験対策と進路実績の多さ。高3の夏、突然進路変更を希望した私が、看護という新たな道を見つけられたのも、先輩方の多彩な進路実績があったからです。おかげで現在は看護師として福岡で働いています。人生を変える進路変更にも柔軟に対応して、その道に進むための指導をしてくれた鹿高に感謝です。

私は尊敬する陸上部の監督がいる鹿高に入学するため、親の反対を押し切って入学しました。高校生活ではインターハイ出場が一番の思い出。試合の翌日に友達や先生達から声を掛けてもらった事は、今でも忘れません。大学卒業後は鹿児島に戻ってきて、夢だった百貨店人に。鹿高の先生や友達が買い物に来てくれるのが、今一番の楽しみです。

多くの資格を取得したいと思い鹿高に入学した私。在学中は、ワープロ・Excel・簿記・原価計算1級など多くの資格を取得しました。その後、同一学園の鹿児島国際大学に進学し、幼稚園教諭の資格を取得し、現在は、これまた同一学園のかごしま幼稚園で勤務しています。私は人生のほとんどを津曲学園で過ごすことになりそうです(笑)。

鹿高のイメージとして強いのは、やはり「生徒がやりたいことを全力で応援してくれる風土」ですね。修学旅行でドラマ撮影をして鹿高祭で上映したり、大学見学に行くために先生とドライブしたり…とにかく私の自主性を応援して頂きました。現在、縁あって母校の修学旅行を企画させてもらっていますが、仕事で恩返しできたら嬉しいです。

鹿高を卒業してから実感したのが、周囲に鹿高出身者が多いこと。現在の職場にも上司、先輩、後輩に鹿高出身者がいて、心強いですね。また、様々な会合や、食事、結婚式などで、よく鹿高の先生方とも顔を合わせる機会も多く、自然と笑顔になれるのです。私にとって、いつも鹿高に見守られているという安心感は何物にも代え難い財産です。

私は、鹿高に入学したおかげで、とても多くの友達をつくることが出来ました。伝統校やマンモス校ということもありますし、在学中に仲間の絆が出来やすいイベントが多く催されることもあって、現在でも1000人以上の鹿高出身者と仲良くさせてもらっています。もちろん、先生方とも月1回は食事に行くほど、今でも仲良しです。

高校時代、鹿高の教員になりたいと思い、大学で教員資格を取得した私。しかし、当時は女性警察官というやり甲斐に魅力を感じ、鹿児島県警に入職しました。あれから26年が経った現在、私は警察の現場で積み重ねた経験をもとに母校で講演する機会を頂いています。高校時代の夢を半分叶えられたこの縁に感謝です。

在学中は、とにかく部活動に夢中で毎日暗くなるまでボールを追っていましたね。だからこそ、3年生になって受験が近づいてきて焦ったのを覚えています(笑)。しかし、先生方が熱心に毎日暗くなるまで個別で受験指導してくれて、見事、志望大学に合格。歯科医師として、院長として現代医療に従事できているのも、鹿高のおかげです。

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